てんから庵閑話 赤岩魚をさがして

岩魚をさがして・・・、

山女魚ってしまった・・・
名栗川水系 タタラの入り


外秩父の奥武蔵、名栗川水系の支流群の上・源流、T入りへ岩魚を探しに出かけた。
二昔程の前に林道が沿うこの中流域に竿を出した時、山女魚に紛れて朱斑の鮮やかな赤岩魚が釣れたことがあったのを想い出したからだ。
“堰堤で区切られた此処に棲んでいる。ということは上流の何処かに赤岩魚の渓が在るはずだ・・・。”
だが、見える堰堤(当時構築中もあって)と絡み合う林業用林道に遡行意欲は湧かないままに忘れていたのだった。
“そうだった・・・探釣してみようか”萎えかかる老体を、少しだけ振るいたたせた。


 源流域への入り口に着いた。
林道が離れてゆく先、これから辿り行く先の奥域は霧に煙って見えぬ。
 渓の入り口に、遅い山藤の花が咲いていた。

山藤の花は、岩魚達は岩洞から出て流れ来る餌を狙って水面に注意を払う。
毛鈎シーズンの到来したことを示す薄紫の花だ。
 渓に降りると、大堰堤。堰堤の連続で“これが最終堰堤か・・・”と思い越えると、
その先には又も大きな堰堤が控えていて気を削いだ。

これは軟弱な身には実に難儀だ、滝場の巻きの方がまだ良いかもしれぬ。
人工の構築物は、実に味気なく気落ちのするものだ。

遂にはこの日、十三基もの堰堤を越えたのだった。

 やっとのことで、最終の堰堤を越えた。
山女魚か岩魚か判らぬので、どっちも喰いつくだろう毛鈎を結んだ。
山女魚ばかりが躊躇もなく飛びついた。
この毛鈎、山女魚には「中り」なのかもしれない。
飛びつく山女魚を敬遠して、岩石のエゴ・へチと岩魚のポイントに毛鈎を落す。 
しかし、岩魚は棲まぬのか・・・何の音沙汰もない。
 やっとに渓は改まってきて、大岩大石の岩魚の谿らしくなってきた。
既に、標高は八百bを越えているのだ。
そろそろ、岩魚の領域であろう筈だが・・・。
しかし、岩魚の領域特有のあの深沈とした雰囲気が、今一つ感じられない。
 苔生した大石の重なるゴロタの落ち込みに毛鈎を振る。
しかし・・・ やはり毛鈎に飛びつくのは、よく肥った山女魚ばかりだった。 
岩魚の鈍重な出に比べて、山女魚の出はいかにも忙しなく慌しい。

“慌て者め、お前に用は無いんだが…。”
証拠の為、写真を撮り早々に流れに戻した。
 流れは、いよいよ細くなってきた。 
2m程の2条滝、落ち口に直径1mはあろう大石が二つ詰まっている。
右側を苦労して登った。
この上の細い流れにも、山女魚は棲んでいて岩魚は棲んではいなかった。
そして、遂に水流はゴロタの中に伏流してしまったのだった。
『オ〜イ 岩魚君〜』 水の無くなってしまった渓に叫んでみた。

こうして、多くの堰堤越えというハードな「岩魚さがし」の渓遡行約四時間の小旅は終った。
しかし、二昔程の前に岩魚が釣れた中流以遠には、岩魚の棲める水量の細流があと三本ある。
“とりあえず、此処は岩魚の棲まぬ渓 と確認できた。” と、自ら己を慰め納得させ帰途につくのであった。
近々、残りの渓を探行してみようと思う。

                                                                 平成二十六年(2014) 初夏.


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