てんから庵閑話 奥武蔵の沢で幻しの泥鰌岩魚を追え・・・

奥武蔵 幻しの泥鰌赤岩魚・・・ 高麗川水系 関ノ入りヤツ

 花ノ魚爺と、幻の泥鰌赤岩魚を探しに行った。
此処は、高麗川の源流の関ノ入りヤツと云う沢だ。
此処、関東の奥武蔵では谷を“ヤツ”と呼び、沢を“入り”と呼ぶ、地方言だ。

さてさて遠い、とってもの道のりだ。
いよいよ薮を掻き分け小さな流れを跨ぎ遡った。
人の踏み跡どころか獣道すらも無い。

目指すは、巷で伝え聞いた泥鰌赤岩魚の棲む処だ。
とっても小型で色黒く細身、まるで泥鰌であると云ふ…のだ。
腹は、真っ赤だと云ふ、赤岩魚か・・・、浪漫だ、浪漫の探査だ。
“痩せの発情したウグイではないか。”“本当の泥鰌ではないか。” 不安は心につのった。

一丈ほどの細滝を捩り登って。
やっとに着いたらしい。
『此処らだ…。』 と捻じり花ノ魚爺は云う。
本当にこんな処に棲むのだろうか。
とってもの薮沢で、一跨ぎの流れだ。

そっと そ〜っと、少しの溜まりを覗き込めば 『ヤァ!居る居る』
三寸ほどの真っ黒の魚が、ビュビュと石の下に隠れる。
『岩魚か? 岩魚だったか。』
『わからん すばしっこくてよく見えん。』

釣り竿の代わりに持ってきた、タモ網だ、網を振るえ!振るえ!。
『ほれ そっちだ!、それ こっちだ!。』
『やれ 其処の石の下だ!。』
『濁すな! バカ野郎!。』
『バカとは なんだ!、バカ野郎とは!。』
『見ろ! 見ろ!逃げやがった・・・。』

年寄り二人は、とっても元気に奮闘した。
タモ網片手に、泥鰌すくいを舞い狂ってしまった。
しかし、泥鰌赤岩魚は一匹も捕れなかった。

泥鰌ではなかった。
ウグイではなかった、真っ黒な岩魚だった。
赤ひと云ふ、腹は見えなかった。
花ノ魚爺は『俺は 見た、赤腹だった。』 と云うが怪しい。
背負ってきたプラ水槽も、カメラも、その役目を果たす機会は終になかった。
年寄りの二人は、とっても、疲れた・・・。

荒川水系の秩父凹地に棲む赤岩魚は、奥武蔵にも棲むのだろうか。
きっと、棲むに違ひない。
昔日の杣人が運んだのだろうか。
いやいや、太古の荒川は武甲山の麓から、奥武蔵へと流れていたと云う


                              
平成14年 夏.


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