てんから庵閑話 蜂に刺されて・・・、


坂爺が、 蜂に刺されて・・・、  荒川水系 谷津川




            谷津川の不動の滝 (2段25m)


 此処の少し下に右岸に七ッ滝沢が高い滝を架けて出合います。
 其処の左岸に七ッ滝の神の祠があって高い高い岩壁となってい
 るのです、其の岩壁の高みの抉れたところにサッカーボールほど
 の大きさの蜂の巣が在るのです。


 古くからの釣り友に「坂爺さん」と呼ばれる方が おります。

 坂爺さんは、とっくに還暦を過ぎているのですが とても元気な人です。

 坂爺さんは、秩父の在の郡に住んでいます。

 私は このお人は「ホラ吹きであろう」と察しています。本人は 何時も真面目です。


  平成の世も十年を経てからの ある夏の事でした。

 坂爺さんと懇意のお人から突然に連絡をいただいたのです 『坂爺さんが蜂に刺され

て重態であるるらしいョ』 と。

  其の日 坂爺さんは、独り 荒川の支流の谷津川を釣り遡ったのだそうです。

 “そろそろ 魚止メの不動の滝ョ さて 帰ろうかい”と竿を納めておりますと 一匹の

 蜂、何処からか唸りをあげて飛んで来て 髪の毛の殆ど無くなってしまった頭の天辺

 に やおら 刺したらしいのです。

 坂爺さんの話によれば、直ぐに意識が遠のいて昏倒したと言います、恐ろしいことです。

 息を吹き返せば 既に30分は過ぎていて その証拠に日は傾いていたのだそうです。

 起き上がった坂爺さんは、お定めの通り 出難いオシッコを手に受けて 刺された頭の

 天辺に擦り込んだのだそうです。

  疼いて 痺れて それでも 気の遠くなりかかるのを必死に耐えて なんとかかんとか

 やっとのことで山際の民家に辿り着いたのだそうです。途々に2回ほどは 何時の間

 にか山道に倒れ込んでいた と言うのです。

 ともあれ 呼んでもらった救急車で秩父市内の病院へ担ぎ込まれたのだそうです。

  早速にお見舞いをせねばと電話をすると、 坂爺さんには勿体無いと評判のご妻女

 が電話口に出られ『今日も 朝早くから病院に行ってます』との言、“余程に良くないのか”

 と思うに 『まったく 病院へ通うのに釣竿を持ってゆくのですョ』 と 申し訳無さ気な声で

 のお話しです。 まったく “お見舞いのメロンを買わなくてよかった” と思いました。


  げに 恐ろしきは 蜂に刺されることです、死に至ることもあります・・・とか。
 
 私は、蜂を見かけますると 頭に腰の白い手拭いを被ります、蜂は目が悪く黒い物を目が

 けて刺すのだそうです、そして もしも刺されてしまった ならば やはり オシッコを擦り込

 もうと 思っています。


                                   
平成7年(1995) 秋.
 


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