『弁当を、もってかねーのかい。』 母ちゃんが叫んだ。
『いらね〜。』
“今日は、昼休みにフミちゃんと話しぃすんべ。”思った。
俺もフミちゃんも、藤組だった。
フミちゃんは、色が白くて小さい娘だった。
フミちゃんは、山の杣の子供だと聞いた。
フミちゃんは、何時も紺のモンペを穿いていた。
フミちゃんは、山の奥から一時間も歩いて学校へ通っていた。
フミちゃんは、身体が弱いのか休みが多かった。
だから、フミちゃんの席は、空いていることが多かった。
其の日は、フミちゃんは学校に来ていた。
三時間目(四時間だったか忘れてしまった)が終った、昼飯の時間だ。
五・六人が、黙って教室から出て行った。
弁当を持ってこれない子は、外で遊んでいるのだった。
フミちゃんは、何時もの様に教室を出ていった。
この日は、俺も教室を出ていった。
『飯がねえのかよ、一本くれんぺーか。』
瀬戸のターちゃんの弁当は、蒸かしサツマ芋が二本だった。
『今日は、腹が減んねえ。』
庭に出ると花壇の縁に、フミちゃんが座っていた。
脇に座った。
『あ〜ぁ 腹減った、フミちゃんは腹減んね?』 と云った。
『あたいは、腹減んね。見て見てぇ、蟻の行列・・・。』
二人で、蟻の行列の行く先を辿った。
蝉が死んでいて、沢山の蟻が群がっていた。
其の日から俺は、弁当を持っていくのをやめた。
フミちゃんは、二十歳になる前に死んだ、と聞いた。
白血病だった、と聞いた。
平成9年(1997) 記.