てんから庵閑話 不穏な春の釣り日和・・・、


不穏日和・・・、 安谷川水系本谷

 まだ解禁して間もない、早春のうららかな日であった。

奥山は、まだまだ雪の中・・・、
“たまには山女魚と遊ぶも悪くはなし” と下流の谷へと入ったのでした。
何故か釣り師に独りも出会わず、
軽薄な山女魚も振り込む毛バリには出てこなかったのです。
“ナメラレタものよ・・・” と独り言ちつつも四時間程の釣り行を終えたのでした。

 車を留め置いた少しの広場へ戻って来ると、
我の車の処に、とても目付きの悪い男が二人居るのです。
そして無礼にも 左右からさかんに車の中を覗き込んでいるではありませんか。
“ヤッ 此れは近頃ここらを騒がす車上狙いかや・・・” と思えました。

『どうしたの・・・?』 と声をかけると、
『秩父署の者です。 旦那さん 釣りですか ?。』 と黒革の手帳を見せる。
『アァ そうだよ、見ての通りだ。』
『昨日も此処へ釣りに来ましたか ?。』
『昨日は来ないヨ・・・。』
『そうですか それじゃァ 一昨日は ?。』
『一昨日も来ないヨ そんなに閑じゃぁない。』

『そうですか・・・、ところで・・・妙な物を見ませんでしたか?。』
『妙な物? 妙な物って・・・?。』
『人間の腕ですヨ、この上でバラバラ死体が発見されましてネェ。』
『腕がネ 一本ネ 見つからないんですヨ、 見ませんでしたァ・・・』
『・・・・、みッ 見なかった・・・。』



                   平成11年(1999) 春.
・・
                   安谷川 一の通ラズ


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