てんから庵閑話 見張り番岩魚のいる市兵衛沢


見張番岩魚のいる市兵衛沢 浦山川水系 市兵衛沢


 こんな贅沢な時間を持ってよいのだろうか。
其処は、広々と開けたとても明るい場所だった。
ブナの広葉樹林は皆高くに枝を広げて、若芽のついた木々の間から陽の光が差し込んでいた。
石楠花が沢山に生えた小尾根と小尾根の間のなだらかな窪みに、其の場所は細く長く続いていた。
広場の真ん中を、谿川は緩やかに流れていて、小さな落ち込みが落差を調節しながら続いていた。
「ツーピー ツーピー」 とヒガラが鳴いていて、
「ピィー ピィー」 と鹿が“おかしな闖入者だ!皆んな警戒しろよ!”と啼いているらしい。
何処かで見張っている鹿君よ、私も仲間に入れてもらえないだろうか・・・。

 その日・・・。
何時ものように杣道とも獣道ともつかない途を辿っていました。
林道から杣道をひたすら歩いて、そろそろ二時間ほども経ちましょうか。
やがて、水量の少ないガレ沢を渡りました。
暫くすると、もう一本の水量の少ない綺麗な滑沢がありました。
此処は、たしか市兵衛沢の名だったと思います。
“顔でも洗おうか・・・。”と一つの小さな溜りに近づきました。
“・・・!!?”
五寸ほどの岩魚が居るのです。
“何んでこんな処に・・・。”
なぜなら、其処は洗面器より少しだけ大きいほどの溜りなのですから。
岩魚は、突然の闖入者に、ただ右往左往、やっと小さな底石に頭だけを隠しました。
此処の下方は、滑が発達して滑り台のように急落していて、
遂には30mほどの滝となって本流に出合っているのです。

 私は、予定を変更して、其の一尺巾ほどの滑沢を遡ってみることにしました。
随分と一時間近くも遡ってみました、一尺巾ほどの流れはまだまだと続きました。

 やがて、落ち口が大きな石で塞がれた三メートルほどの滝に行く手を阻まれました。
滝を巻き越えると、谿は二俣に合わさっていました。
下流から遡れば二俣は水流が分かれて上流へ向うのですが、
此処の二俣は逆に一つの流れが二つに分かれていたのです。
さっき渡ったガレた小沢が何時の間にか近寄ってきて、此処で一つになっていたのです。

 二つが一つになって水量を増やした流れの溜りに岩魚がのんびりと浮いているのが見えました。
八尺は越えているでしょう、神経質な筈なのに、何故か逃げようとしません。
その岩魚は、横腹をとても鮮やかな朱紅点で装っていました。
奥武蔵の源流にも見られる、秩父タイプの定岩魚でした。
“何故にこんな決して遡ることのできない処に棲んでいるんだろう・・・。”
やがて、その謎は解けました。
穏やかな流れの端に、古い古い石積みを見つけたのです。
炭焼き小屋が在ったのか、トリモチを作る小屋であったのか・・・判りません。
きっと、市兵衛さんという人の小屋だつたのでしょう。
昭和の一桁の頃、小屋に棲む市兵衛さんが、此処に彼らを連れてきて放ったのに違いありません。
そして、市兵衛さんの姿が見えなくなってからも、彼らはずっとずうっと棲み続けていたのでしょう。
そっと近づくと、魂消たように慌てて岩の洞に隠れてしまいました。

 私が近づいた時に見つかってしまった岩魚は、此処の桃源郷の番人だったのに違いありません。
たぶん、あまりの良い天気に、うたた寝をしていたのに違いありません。
慌てましたでしょうねえ・・・。

 家に帰ってその場所を地図で見てみると、其処にはただほんの少しの山皺があるだけでした。
私は、この場所へ行くことはもうきっとないでしょう。
だって、番人の岩魚君がお払い箱になってはいけませんから・・・ねえ。

                                    
平成十六年(2004) 初夏.


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