てんから庵夜話 解禁の頃の輩は下司


解禁下司・・・、
浦山川水系 浦山川本谷


 此の年の春は暖かかった。

 渓は解禁して間もなく、我らの向う奥山はまだ雪の中で入ることは出来ない。
穏やかな春日和に誘われて、花ノ魚爺と渓流域へと偵察に出かけた。

 早期に人気のある浦山川の渓へ着くと、いやいや凄い釣りする者の数だ。
あちらの岩こちらの岸、一つの溜りに三人も竿を出しているので魂消た。
今日は、休日だからかもしれない。
此処は漁協が前々日に大量の山女魚を放流をしたらしい。
十メートルと開かずに竿を出している中に、一人の中年の男性が岸に休んでいた。


 近寄って『どんな具合ですか・・・?』と聞くと、
得意気に小型のクーラーボックスを開けて見せてくれた。
覗けば、七寸ほどの柔な養殖山女魚が黒目を剥いて二・三十匹も入っている。
『やぁ 大漁ですねぇ・・・』 と云うと、
『いや まだまだ、もう少し釣らないと元はとれませんよ』 と云う。
『十匹も釣れば遊魚料にペイするでしょうに・・・』 と云えば、
『まだですよ、餌代とガソリン代と昼飯代と・・・、さ〜て もう一頑張りするか』
そう云って、ジャブジャブと流れに入っていった。

 “滑って転んで竿でも折れ!” 思った。
隣の花ノ魚爺は、胸の前で十字を切って 『ア〜メン・・・』 と呟いていた。


                        平成19年(2007) 春.



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