てんから庵閑話 神様の魚


神様・・・、
















 『釣っちゃったぁ 釣っちゃったぁ、神さまの魚ぁ 釣っちゃったぁ。』
俺の後ろで、裏のミッちゃんが大声で騒いだ。
皆んな、バラバラと寄って来た。
『あぁっ! 神さまの魚だ!。』
『釣っちゃぁ いけねえんだぞ。』
『バチあたるぅ!バチあたるぅ!。』
『もう釣っちゃいけねんだぞぉ、神さまが怒るぞぉ。』
皆んなが騒いだ。
『俺ぁ知ってるょ、もう釣んねぇ。』
俺は、掛かってしまった魚を見ていた。
五寸くらいの大きさだった。
腹がヌメヌメとして白かった。
その白い腹に黒い斑点模様があった。
アユのようにスイカの臭いも、バカッパヤのように生臭くもなかった。
『もう釣んねぇ、神さまに怒られて川流れしちまうかんな。』
『そうだぁ 川流れすんと苦しくって死んじまうべぇ、早くはなせ。』
ミッちゃんが云った。
俺は、そっと鈎から外して水に返した。
そして、その日一日は掟を守って皆んなの釣りを見ていた。
俺らの掟は、「神さまの魚を獲ってしまったら、その日一日は魚を獲
ってはいけない。掟を破ると神さまが怒ってその児を川流れにさす。」
と云うことだった。


 大人になってから思い出してみると、その魚は山女魚だったのですね。
大水になって川が増水したときにだけ時々釣れたのでした。
もっともっと山の奥で神さまが飼っている魚ということでした。
掟は、俺らの誰も皆んなが、そう信じていたのでした。
何時も遊んでいる雑魚達と違って、それほどに綺麗だったんですね。
ずいぶん昔の話です。

                          平成2年(1990) 記.



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