てんから庵閑話 マイッタナァ・・・松丸沢


マイッタナァ・・・、松丸沢  浦山川水系 松丸沢



浦山川水系 大久保谷の支沢 松丸沢の上流渓相
 

 初夏とは云え其の日はやけに暑い日、大久保谷の松丸沢へ向った。

 出合いの水量の少なさからして、“マズ 魚は棲めなかろうナァ”と まだ入ったことがなかったのだ。
しかし、某釣り本に『この沢には、下流に山女魚が、上流には岩魚が棲む』と書いてあるのを発見した。

 “しかし、しかし奥は判らんぞ・・・”
今年になって訪れた地図上で水線が書かれていない何箇所かの隠谿を思いおこした。
それらの谿々は、それぞれが素晴らしい谿であったのだ。

 大久保谷に沿う仕事道を近場の谷の出合いまで歩き、其処から大久保本谷を渓行した。
出合いの水量比は大久保本谷に対して5:1程である。
落ち込みと云うには高過ぎる小滝を何段か架けて、松丸沢は流れ込んでいた。
登り上がってみると、細々とした流れで落ち込みが続いている。
“少し水量が少な過ぎるが・・・”

 落ち込みに毛バリを落してみたが、やはり何の反応も無い。
“いやいや まだ判らんぞ・・・”

 遡る程、上る程に流れはいよいよ細くなる。
おまけに周囲は植林帯になってしまい、何の変哲もない貧相な渓相となってしまった。

 “まいったなァ・・・やっぱり棲んでにんかいやしないヨ”
それでも根気よく、暫く続けてみたがやはり同じで諦めて竿は仕舞い込んだ。
ガレ気味で落差の少ない落ち込みが続いていたが、遂に水流は消えてしまった。
“まいったなァ・・・、なあんにも居無いじゃないか”
“マァナァ・・・ なあんにも居無いってのを確かめられたってことも大きな成果の一つってもんヨ”
と、自らを慰めるのであった。


 帰り大久保林道の仕事道を辿っていると。
ハ〜フ〜 ハ〜フ〜 まいったなァ まいったなァ
大きな声で独り言を云いながら、枝木を杖にした人が独り登って来た。

こちらに気が付くと
コン二チハ・・・、此処を最後まで釣り上がるとどの位かかりますかねェ』聞く
サ〜テ、只に歩いて四時間はかかるからねェ、急いでも六時間はかかりましょうョ

見れば、中年の人でピッタリと鮎タイツを履いてザックに釣竿を背負っている。
そうですか、キツイでしょうかねェ
サ〜テ、通ラズが四・五箇所ありますからね、抜けるにゃみんな右巻きですヨ
そうですか、フ〜 まいったなァ・・・
巻きは厳しいですからネ、気を付けてくださいねェ
ハイ、フ〜 まいったなァ・・・
鮎タイツの中年は仕事道を上がって行き、曲って見えなくなった。
ハ〜フ〜 ハ〜フ〜 まいったなァ まいったなァ・・・
だんだんと遠くなった声が、此処までも聞こえた。
気をつけてねェ〜
ハ〜イ
返事が聞こえた。

“「まいったなァ・・・ まいったなァ・・・」って云いながら、如何して奥へ奥へと行くんだろうなァ”
何か微笑ましくもあり、可笑くもあった。

 なんて、他人様のことは云えんなァ・・・、述懐するのであった。



                                    平成22年(2010) 初夏.



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