てんから庵閑話 納竿の儀は厳粛に・・・。


納竿の儀は 厳粛に・・・、 滝川水系 豆焼沢

 

        今年も もう秋の始まりです、 今年もまた 此処に来たのです。

杣道を辿って 2時間ほども歩きました、 道が途絶えて無くなると
峪に沿った 僅かな釣り人の踏み跡を探しながら、3時間余りも遡って来たでしょうか、
沢通しは 苦しい道程です。
流れが狭められた岸壁のそそり立つ峡間を幾度も幾度も右に左にと高く巻いて
何時ものように
   “此処で落ちたら 死ぬな・・・
        此処で落ちたら 死ぬな・・・” と
何時の間にか声を出して 何度も何度も呟いていて。

アァ・・・ やっとに 着きました
目の前に立つのは 50m程の見上げる滝へ 豆焼の大滝です。
幾度 何度 此処に来たことでしょうか もう忘れてしまいました。
毎年 秋の始まりに やっぱり此処に来てしまうのです。

大滝にしては浅い釜です そう 其の釜に突き出した大岩が私の何時もの席なのです。

サァ・・・ 今年も 大岩の上に座って儀式の始まりです。

愛竿を 納袋から取り出そう。 今年も この四代目の四太郎丸は、
十尺の身を弓の様に撓わせて 随分と頑張ったものでした、
毛鉤を 思う処に運んでくれ 歳無しの岩魚の必死のあがきにも 
何食わぬ顔で受け流してくれましたっけ。

8尺の馬素を 結わえて 2尺6寸のハリスを繋ぐのです。
そして 唯一の天女毛鉤を結ぶのです、天女毛鉤はとても魅力的なのです。
岩陰から 深い水の底から 岩魚共を勇んで飛び出させましたっけ。

大岩の上に滑らぬように 座った侭に素振りをくれるのです、
一度 二度 三度と ん・・・いい具合です。

サァ 今年は 此処の壷の 何処に振り込むことにしましょうか。
あの 水の騒ぐ 白泡の際と 向かいの大岩のヘチと
下手の 水が穏やかになっての流れ出しの沈み石の脇としましょうか、
“ピシッ ピシッ”っとね、 よし よし
岩魚は 姿を見せなかったけれども これで良いのです。

サテ・・・ ワンカップ酒は・・・と、 ん・・・ 今年は一級酒ですねえ、 
一口を 頂戴して・・・と  “美味い・・・なぁ”
そして 此の清冽な流れに ソット注ぎます。
「山の神 谷の神 そして魚達、今年も ありがとう お陰様でよい思いをしました。」
これでよし これでいい・・・のです。

さっき 遡って来た 踏み跡を辿って 谷を降りましょう。
来た時のように 竿を流れに出すことはせずに・・・、竿を出したら神々様に叱られる。
“此処で落ちたら 死ぬな・・・
     此処で落ちたら 死ぬな・・・ ”と
何百回も 呟きながら 谷を降りるのです。

  そして 来年も 再来年の秋の始まりも 何時まで此処に来られるのでしょうか。

                                平成7年(1995) 秋.

本来の「竿納めの儀」として 正しいのかは 知らない。
随分の昔に 奥利根の職漁師の方に 教えていただいて
以来 私は そうしているのです。



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