てんから庵閑話 嗚呼・・・尿路結石


嗚呼・・・尿路結石


 十月十一日、よく晴れた秋日和だった。

 昼下がり、近くの里川へと釣りに出かけた。
昼飯はまだだったので、近くのコンビニでイクラお握りを三個買った。
そして、お気に入りの深い淵のある河原に陣取ったのだった。
この淵には、ハヤやヤマベが沢山に群れている。
竿を出す前に、先ずはお握りを食べた。
近くの瀬には、白鷺が二羽居て長い首を差し伸べて抜き足差し足で小魚を狙っていた。
鷺は生きる為に魚を捕える、吾は享楽に魚を相手にする。
人に生まれた幸せを感じた。

 “さて そろそろ竿を出そうか・・・”
何やら、右の脇腹が妙に痛くなってきた。
“おかしな 急にお握りを詰め込んだからかな?”
そうこうしている内に、いよいよ痛くなってきた。
吐き気もしてきたし、顔から血の気が引いているのも判った。
“いけねぇ これは食中りだ、お握りのイクラが悪くなっていたに違いねえ”
釣りを諦めて、やっとの思いで家に辿り着いた。

 『あれ もう帰って来たの、真っ青な顔をしてどうしたの?』老妻が問う。
『腹が痛くなった、糞が出ればなおるさ』答えた。
万年床の自分の部屋に転がったが、いよいよ痛みは激烈さを増した。
気持ちが悪かったが、いくら便器に顔を突っ込んでも、何も吐き出なかった。
“糞さえすれば”といきんだが、出るのは空屁ばかりだった。
顔面・首筋に脂汗が滲み出てきて気持ち悪く流れた。
一瞬でも痛みから逃れようと身を捩り身体を転げさせた。
また、そうしていなければ耐えられない程の痛みだった。
『お〜い 腹が痛てえから病院へ行くぞぉ』
亭主の苦しみなぞ何処吹く風で下の居間で呑気にテレビを観ている老妻に叫んだ。

 近くにある診療所に着くと、直ぐに白いベッドの在る部屋に入れられた。
少し面長な色白の可愛い看護師さんが来た。
『何処が痛みますか? お少水は採れますか?』 と云う。
『右の下脇腹、しょ・小便は多分採れない』応えた。
その可愛い看護師さんは、悶え苦しむ姿を見てか、急いで先生を呼びに行った。
丸顔の先生が来た。
『オシッコに血が混じっていましたか?』『便が黒くはなかったですか?』 と聞く。
『判りません、何時も黄色いです』『いいえ、ウンコはウンコ色です』 答えた。
『何処が痛いですか?』
『此処、此処、この辺が…』 と右の下脇腹を見せた。
『ははぁ…、これは石だな。でも石が動いちゃうと判らなくなっちゃうし、別のことだったらいけないからレントゲンを撮ろう。
でもこんなに動いちゃ写せないな』
と云って『○×△□・・・』と看護師さんに指示をした。
可愛い看護師さんは『○×△□・・・ですね』と復唱して二人共去って行った。

 暫らくして、可愛い看護師さんが『直ぐに楽になりますからねぇ』と云いながら点滴の道具を持って来た。
『ちょっとチクンとしますよ。我慢してくださいね、ちょっとチクンとしますからね』
ちょっとでないチクンだった。
“でもこの位のチクンでこの脇腹の痛みから解放されると思えば何てことない”思った。
『アレッ ちょっとチクンとしますからね。ちょっとチクンとしますよ』とまた云う。
またちょっとでないチクンがした。
“あぁ やっぱりだ、一回目は失敗したんだ”
私の血管は異様に細いのだ。
健康診断の時も、採血の時も、血管注射の時も、一回で済むことはない。
毎回毎回、看護師さん泣かせなのだ。
『箸より重いものを持ったことがない良家の方なんですね』とか
『女の人より細い血管ですね、これで満足に血が流れているんですかね』
などと嫌味を云われたことがある。
でも今日は、二回チクンとさせてしまって、可愛い看護師さんに申し訳なく思った。
“決して貴女の腕が悪いのではありませんよ、悪いのは私です”心の中で詫びた。

 点滴は、ポトポトと垂れて入るのだけれど、一向に苦痛は和らがなかった。
相変らずに、右に左にと身体を転がせ悶えさせねばならなかった。
丸顔の先生と、可愛い看護師さんが様子を見に来た。
『んん〜ん まだ駄目だな。□×△○を』と看護師さんに云う。
『はい、□×△○ですね』几帳面に可愛い看護師さんは応えて、先生と部屋から出ていった。
可愛い看護師さんが、何やら手に持って入って来た。
『楽になるように、座薬をいれましょうね』
私は、横向きのくの字になって体勢をつくった。
可愛い看護師さんは、パンツをグイとずらして、プスリと尻の穴に座薬を差し込んだ。
尻の穴が、プァーと広がる感覚が実に不快だ。
“そうだ!尻の穴の周りには少し毛が生えているのだった。それに、尻は美麗だったろうか”
『はい、終りましたよ。直ぐに楽になりますからね』
云う可愛い看護師さんを伺いみると、少し笑っているように見える。
ひと仕事が終っての安堵の笑顔か、可笑しい物を見てしまっての笑顔かが不安であった。

 いくら経っても苦痛は治まらず、相変らず身を捩り続けた。
また、丸顔の先生と可愛い看護師さんが連れ立ってやってきた。
『まだ駄目か、早くレントゲンを撮りたいんだけどなぁ。じゃぁ×○□△を』
可愛い看護師さんは『×○□△ですね』 と応えて、二人連れ立って出て行った。

 可愛い看護師さんが、銀色のプレートのような容器に太い注射器を二本捧げてやって来た。
『ちょっとチクンとしますよ』と云って、肩に相当に痛い注射をした。
ちょっとのチクンではない激烈なチクンだった。
『もう一回、ちょっとチクンとしますよ』もう一本も肩に痛烈に刺した。
この二本は一瞬に脇腹の苦痛を忘れる程に痛かった。
“汚い尻を見せてしまった仕返しであろうか” とも思えた。
それからも苦痛は和らがなくて身を転がし捩り続けた。

 大分に経った頃、突然に痛みが嘘のように遠のいた。
『ビー ビー』 ナースコールで先生を呼んだ。
丸顔の先生と可愛い看護師さんがやって来た。
『幾らか楽になったか。よし、早くレントゲンを撮ろう』
放射線室に行って下腹部のレントゲンとCTを撮った。

 暫らく経って、待合に居た老妻も呼ばれて先生から説明があった。
『尿路結石です。でも、石はレントゲンを撮るのが遅かったから撮れなかった。膀胱へ落ちてしまったんでしょう。
今度、泌尿器科の先生の居る時にまた来て下さい』
可愛い看護師さんは『痛みが出た時の為に座薬がでています、挿入して下さい。もしもオシッコの時に石がコロン
と出たら持って来て下さい。お大事に・・・』 と云われた。

 そうか、これが尿路結石の痛さか、もしも奥谿に入ってる時にこうなったら・・・、思うと不安になった。
しかし・・・、何時も思うのだが、還暦を過ぎても娘より若い看護師さんに気を使い興味を持ってしまう自分が不思議だった。
傍に付いてきてくれている白髪混じりの老妻に相済まない様な心持がする。
しかし・・・、
“次の診察日には新しい下着を身に着けて、ちょっとコロンなぞも吹き付けて行こう”と思うのであった。


                                               
平成十九年(2007) 秋.



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