『今夜、東京を見に山へ行くぺえ。』
瀬戸のターちゃんが云った。
『行くぺえ。』『東京を見んぺえ。』
皆んなが賛成した。
俺れらの村の山は高い。でも、もっと高い山のあるのも知っている。
日の落ちる西の方を見ると、秩父の山々が高く高く見えるからだ。
夕方になって、部落の辻に集まった。
『行くぺえ。』
この山は、天狗が出る。
だから皆んなで固まって歩いた。
頂上に着いた頃には、辺りは真っ暗になった。
『東京だ! 東京が見えんど!。』
皆んな、東の東京の方を眺めた。
東京が見えた。
遠くの方が帯のように明るくなっていて、空が赤く明るくなっている。
皆んな、頂上の岩の上に座って遠くの明かりを見た。
『あそこには、嵐寛や美空ひばりが住んでいんだよね。』
皆んな、チャンバラ映画の鞍馬天狗が大好きだった。
『いいなぁ 行ってみてえなぁ。』
『あたいは、大人になったら東京行ってパンパンになるんだ。』
ミヨちゃんが云った。
『パンパンになって、毎日綺麗なもん着て 毎日うんまいもん食うんだ。』
“女はいいなぁ、俺は腹が減んねぇ百姓になんべぇ” 思った。
でもミヨちゃんは、パンパンにならなかった。
東京にも行かなかったし、隣り町の普通の勤め人のところへお嫁に行った。
きっと忘れてしまったんだと思う。
平成9年(1997) 記
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