てんから庵閑話 コヤツ、只者ではない・・・


コヤツ! 只者ではない・・・

 “秋深し 隣は何をする人ぞ・・・・”
今日も、里川へ雑魚釣りに行った。

 堰の駆け上がりで毛バリを振っていると、
少し前から初老の親爺が後ろに座ってバナナを喰いなから見物している。
婦人乗りの自転車が置いてあるので、これに乗って来たらしい。
“変な親爺が居るな、どうせ定年過ぎての閑人だろう・・・”思った。

 白泡の流れに打ち込むと、“グイ” と毛バリが引き込まれた、
合わせをくれると七寸ほどの鱒が釣れた。

 『オッ! やりましたね〜』 と後ろの親爺が突然、大きな声を発したので魂消た。
親爺は寄ってきて 『ちょっと、竿を貸してくれませんか…』 と云う。
“まったく年寄りは恥も外聞も薄らぐが、随分と図々しい奴だな・・・”思った。

 親爺は、ピュッビュッと素振りをくれてから、“スッ” と次の白泡の横に振り込んだ。
何度か打ち返している、馬素が綺麗に伸びて毛バリは正確にポイントへ落ちる。
“慣れている、こいつテンカラ師だな”と知れた。
“マァ イイ”一服つけようと百円ライターを擦っていたら『釣れましたよ〜』 声がする。
“エッ つ・釣れた!?・・・”
見れば尺ほどの鱒を引きずって来る。
“コ・コヤツは手練だ、只者じゃあねえ!”

 しばしコヤツと話をした。
聞けば、同い年でホームグラウンドは、なんと奥秩父だと云う。
大洞谷の難所の通ラズ「キンチヂミ」の話になった。
『キンチヂミを抜けて井戸沢に入ったことがありますか?』 と聞く。
『三回ほど抜けましたョ、でも今は足腰が・・・、ですから巻き道を使いますョ』 と答える。
『これを見て下さいョ』 とズボンをまくって膝頭を出す、酷い引き攣れた傷跡だ。
『これねェ 昔あそこで岩を踏み外したんですよ、今は歳で無理ですがネ』 と云うではないか。

 来年は二人して『若気を出して、沢通しで「キンチヂミ」を抜けよう』 と約束をした。

 また爺仲間が一人増えそうだ。
ちなみ我ら「爺連」 は還暦を過ぎていて、孫が居なければその資格は無いのだ。
何故かと云えば、屈強な若者共の歩みには追い付いて行けないからだ。



                        平成18年(2006) 晩秋.



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