てんから庵閑話 山と川の追憶、序章・・・


山と川の追憶、序章・・・、

 人の記憶は脳の細胞が蓄えて置くのだそうです。
しかし、歳を経てくるとその細胞は少しづつ死滅してゆくのだそうです。
その脳の細胞が、今まさに死滅しようとする時、
これまで大切に蓄え保ってきた記憶を放出するのだそうです。
そう、風船玉が壊れる時、中に閉じ込めていた空気をとき放つようにでしょうか。
そして、記憶が放出されてしまうと、二度と永遠に記憶を手繰り出すことは出来ないらしいのです。
此処のところ、突然に昔の出来事が鮮明に想い出されることがあります。
これは、想い出を蓄えていた細胞が、どうも次々と死滅しつつあるようなのです。
ですから、放出される記憶の想い出を、此処に書きとめて置くことにしました。



 半世紀の前・・・。
その頃、棲んでいた処は、
荒川の支流は入間川の上流、高麗川と云う里川に面していました。
山村でした。
直ぐの裏は山、直ぐの前は川でした。
その川の向こう側も山でした。
流れの作った狭い山の間に、川に沿って砂利道が一本、うねうねと白く何処までも続いていました。
その道の山側にだけ、処々に家が集まって集落を成していました。
山の緩い斜面を狙って畑が切り開いてありました。
その処々には日当たりの良い麦殻屋根の大きな家が里を見下ろしていました。
何処の家にも沢山に子供がいました。
その子供達の毎日は、山と川から始まりそして終わっていたのでした。


 今、其処の場所に立ってみるのですが・・・。
もっと 川は広くて深くて青かったような、
もっと 山は高くて険しかったような、、
夕暮れはもっと長くて、何時も何時も赤い夕焼けだったような気がするのです。


                                      平成3年(1991) 記.



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