てんから庵閑話 我ら爺達の谿は平穏か・・・後編


爺達谿平穏か・・・ 後編  滝川水系 某谷

 花ノ魚爺が下流へ去ってから、もう三十分ほども経った。

 そろそろ滝上から、顔を出す筈だ。
残った我ら爺は石に座って、『まだかなァ まだかなァ』と滝上を見つめた。
我ら爺達では、此処の滝を登ることができないのだ。
だから、花爺は五十メートルくらい下流へ降り、
急なザレ場に取り付いて登り、岩壁の後ろを大きく巻いて滝の落ち口へと出るのだ。
難儀なことだ、ご苦労なことだ。

 『ピッピ〜!ピッピ〜!』呼子笛が鳴った。
『お〜ィ 大丈夫か〜ィ』と叫んだ。
坂爺が『オッ遅せナ〜待ちくたびれたァ〜ィ』と云う、酷な爺だ。
『少し休みダ〜』と声がして姿が見えなくなった、寝転がったらしい。
直ぐに『いくゾ〜ィ』と、ザイルが放られてきた。
ザイルを三人でよく引いた。
上で『ヨ〜シ!ピッピィ〜』と合図の笛が鳴る。
ザイルにお助け紐(スリング)を二重マツバ(プルージック)に結んだ。
それをハーネスにカラビナで繋げた。
先ず、クマ爺が器用に攀じ登った。
ハーネスの喰い込んだ尻が異様に大きくて、可笑しい。
『ピッピィ〜』笛が鳴って、空のザイルにハーネスが放られてきた。
次に、坂爺が挑んだ。
私は、ヘルメットを被ってザイルを掴み確保した。
案の定だ、途中で足を踏み外して体が反転した、ヘルメットに小石がパラパラと当たった。
『オ〜ィ 大丈夫か』花ノ魚爺が上から顔を出した。
『何のことたーねー、足が滑ったのョ』坂爺が答へて、ホットした。
最後に爺らの飲み物と赤岩魚への土産のメメタ(ミミズ)を詰めたザックを背負って登った。
途中崖が反り返っている処がある、“此処から登るのは、そろそろ我らには無理だな・・・”思った。
やっと攀じ登ると、皆は座っていて『ご苦労さん、ご苦労さん』と云う。
『付け放しじゃ、俺らが此処へ登ったの判っちゃうからなァ』花ノ魚爺はザイルを納めた。
滝の落ち口から続く一枚岩の綺麗なトヨ滑を眺めながら皆座って休んだ。
サーモスに入れてきた熱いコーヒーを回し飲みした。

 トヨ滑が終ると小さな滝があるのだ。
其処の滝壷は大きくて深い、水が出たときの赤岩魚達の避難所だ。
愛い奴らは、石を呑んで流されまいと耐えるのだ。
そして、小さな滝の上は素晴らしいゴーロが続いているのだ。
そして、赤岩魚達は健やかに棲み暮らしているに違いない。
我らの赤岩魚達は、はたして何処まで遡っていることだろうか。

朝の陽が、我ら爺達と赤岩魚の峪へ射してきた・・・。
嗚呼・・・、此処は、赤岩魚の楽園だ・・・、我らの峪だ・・・。

                             平成17(2005)年 夏.


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