てんから庵閑話 貴方ァ 山をなめたらアカンぜョ


貴方ァ 山をなめたらアカンぜョ・・・ 浦山川水系 古棒杭沢


 太陽は東から昇って西に沈むのだ。

浦山川の支流に架かる細久保橋のゲートに着いたのは六時三十分だった。
 細久保橋 午前六時三十分
今日は、此の先の枝谷に棲む岩魚達に新しく巻いた毛バリを見せようと、
気負ってしまい朝早くに着いてしまった。
シセンの支流で毛バリを引き込む岩魚にいたく満足して二ッ谿目の谿へ行こうと、
急なザレを尾根目がけて登りあがった。

 尾根の頂上で、ちょっと休憩だ。
尾根から下る僅かに続く踏み跡でで二ッ目の谿へと向った。
一時間ほどで二ッ目の谿へ着いた。
 谿に到着 午前七時三十分
此処は以前に一度だけ覗いたのだが、手ごわそうな大岩のそそり立つゴルジュと其の
向うに高い滝が見えて、時間切れもあって撤収したのだ。
ゴルジュ下の落ち込みに毛バリを落すと、其の度に岩魚共は喰らい付いた。
“フムフム この毛バリはなかなか良いではないか…”いたく満足した。
大岩のゴルジュも高滝も、竿を納めてザレた急斜を木々に縋って一気に巻いた
三十分近くもかかってしまった。
 高滝上 午前八時三十分

 高滝上は、水量比3:2程の二俣であった。
水量の少ない右俣を一時間近くも遡ったが岩魚の反応は無く、棲んで居ないようだ。
二俣に戻り左俣に入って毛バリを落すと、又も其の度に岩魚は喰らい付き岩陰へと
引き込んだ。
 右俣入り 午前十時三十分
“我が毛鈎は完璧だ・・・素晴らしい・・・” 自賛した。
其のうちに釣りに飽きてしまい竿を納めて左俣をぐんぐんと谿を遡り上がった。
薄曇り空で太陽は出ていないものの、正しく太陽の方向の南に向っている。
流石の谿も水量が減ってきて其のうちに水は枯れてしまった。
 水涸れ場 午前十一時三十分

 稜線が間近になってきた“きっとあの辺りが仙元峠なのだろうナ…”。
“さらば帰途につかん…”と太陽の在りかを見て、南東に向って獣道を闇雲に登った。
“いったん登り上がったら、太陽の落ちる西に向って下ればシゴー平に着くはずだ…”
何の迷いも憂いもなかった。
尾根に向かって更に更に登り上がれば大木の下に「大楢」と書いた道標のある明瞭な
踏み跡に出た。
「あっち仙元峠に至る、こっち川俣に至る」とある。
“ほうらね・・・”
 大楢 午後十二時三十分
握り飯の昼飯を食った。
下りの川俣へ向う道筋は、正しく太陽の沈む西に向っているじゃないか。
“ほうらね・・・”
ぐんぐんと尾根を踏み、時には小尾根に登り時には窪地を巻いて下り降りた。
“降りる左手から聞こえる渓声は仙元谷のザワメキである…”疑いもない。
一時間も降りた。
面妖な・・・幾ら歩いても、シーゴ平に向う林道に降り立たない。
送電の鉄塔が現れた、おかしい。
 鉄塔の場 午後二時
鉄塔は四基も通り過ぎた、おかしい。
“しかし まさしく太陽の沈む西に向っている…、右下方から仙元谷の瀑音すら聞こえて
くるではないか…”
道は尾根の末端のようで急傾斜になって木で踏み階段が九十九折れに造られている。
“おかしいなぁ…”
木々の間から古ぼけた赤い屋根が見えた。
“やっと着いたか、意外と遠かったなぁシーゴ平の営林小屋…”ホッと安堵した。
降り着いた“???!!!”。
なんとぉ!! 大日如来堂であった。
 大日如来堂 午後三時

 悲劇だ!!、 実に悲劇であった。
何故なら、我が車は細久保橋のゲートに停めてあるのだ。
“林道広川河原線に出て「のわまた橋」を渡り、細久保林道を約三`も歩かなくては…”
疲れがドッとでて、眩暈すらした。

 のもわた橋の欄干に寄りかかって川を見ていたおじいちゃんがニコニコして吾輩を見て
『釣れたかい…?』と聞く。
『エエ 少しだけ…』と愛想笑いで答えた。
まだ何か話したかったようだが、相手をする心の余裕も精神力も既にゆとりはなかった。
橋を渡ってから細久保集落へ上がる道沿いの家からは、真っ黒い犬が飛び出して物凄い
勢いで吼えついた。
 細久保集落 午後三時三十分
林道を戻り上る途中で左手を見上げると、細久保谷の対岸の遥かの尾根上に送電鉄塔が
並んでいるのが望めた。
“あぁ アソコをグングンと歩き降りたんだ”
足取りは重い、幾度も幾度も休みながら、林道を上った。
“なんちゅう ことだ・・・” 溜息は、途方もなく乾いた口から漏れた。

 細久保橋 午後五時

 家に帰って地図を見ると、果して仙元峠から大日堂へ登山道が破線で示されてあった。
杣道しか知らず、登山道を知らぬ吾を情けなく憂いた。


                               
平成22年(2010) 初夏.


 『 あなたァ 山谷をなめたらいかんぜヨ 』  仙元岩魚ヨリ



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