漂泊の記 初冬の尾ノ内沢へ油滝を観に行く


 赤平川水系  初冬尾ノ内沢油滝



 12月、 “そろそろ今年の谿行きも終りだな、それでは何処へ行こうか…”
炬燵に入って思案した。
“どうせのことなら、朝から晩まで陽の当らない谿へいってみようか”
幾分にひねくれて北向きの谿を幾つか思い浮かべた。
“そうだ、尾ノ内沢にしよう。
あそこなら北向きだし両神の岩峰群でこの時期は陽も差すまい”
“キギの沢も少し覗いて、油滝を眺めよう”
“そして其の上流の龍頭ノ滝へでも行ってみようか・・・”
ここ数年、この谿を遠ざかっていたこともあってか、何やら懐かしくもあって決めた。

通行する車の少ない国道299を志賀坂峠へと向かう途中、
八日見橋から林道に入った。
龍頭神社に立ち寄って「足を挫きませんように…」
賽銭を投げ入れ今日の安全を祈った。

ログ風造りの「ふれあい館」

望める双子山
“あれ 随分と変わったナ”
何時の間にか舗装されてある林道を進むと、
ログ風り立派な建物が建っていた。
此の小屋も以前は無かった、最近に造られたのだろう。
近寄ると「ふれあい館」となっていて裏手には立派な炊事場もある。

この辺りから眺める両神山の北面の遠望は見事だ。
河原沢川の対岸の二子山の山稜に朝日が射して美しい。

少し進むと林道の終点の広場に着いて東屋がある。
車は一台も停まっていなかった。
東屋に置かれた「雑記帳」なるノートに寒さに震える手で記帳した。
“さあ〜て、行くか・・・”
時計を見ると、午前八時十五分であった。
壱番ノ滝を下に見ながら吊り橋で対岸に渡った。
壱番ノ滝の落差は七b程であろうか、
壷を持った直瀑で美事である。
原全教曰くの一合瀧であろう。
先で、谿を右岸に渡る木橋は、流失していた。
此の秋口に来襲した台風の増水で押し流されたのであろう。
谿へ降りて、膝程迄の流れを渡渉した。

此処ら辺りの流れは谿中に大岩大石を配してなかなか美事である。
尾ノ内沢の谿相は、概して両岸または片岸が岩壁である。
そして谿中には大岩大石が転在している。
落ち込みや小滝中滝を構えて落差を整えて上り行く。
瀬やゴーロは少なく奥秩父にあっても美事な谿相ではなかろうか。

壱番ノ滝(一合滝)

岩山上の山ノ神
杣道が再び左岸に移ると右からガレた谿相で井戸沢が注ぐ。
本谿は右岸の山が迫って高い岩壁が続き谿中には中滝が次々と
架かって急流を成している。
其の岩壁の終る辺りに滑を発達させた小谿が流れ入っている。
古地図に「止セ澤」とあるのが此れであろう。
此の沢を入ると「傳五郎落し」と呼ばれる処が在るそうで、
明治の末年に傳五郎と云う人が高滑から墜落惨死したのだそうだ。
止セ澤を見送るといよいよ谿は滑が発達して落差七米程の山ノ神瀧の
名の美事な滝が架かる。
杣道沿いの左岸には小高い岩山が在ってその頭頂に山ノ神が祀られてある。
山ノ神に詣でて御縁玉(五円玉)を奉じて今日の安全を願った。
建立を見ると、明治二十七年四月と刻まれてあった。

杣道が谿へ降り右岸へと移る処に天理岳の西方稜を源とするスズノ沢が大石
を転がしたゴーロで出合う。
谿右岸の杣道を行くと、
左岸から四対一程の水量比で板取沢が入る。
本谿は、右岸に岩壁が迫り連なって谿中には美事な三段構えの中滝が架かっている。
左岸に岩室のある大岩を見送ると杣道は左岸に迫った岩壁を避けて右岸へ移る。
今度は右岸が岩壁となって道は左岸へ、そしてまた右岸へと移り返す。
すると、左岸が岩壁で谿中に大石が累々と積み重なった処に出る。
仰ぎ観れば、行く手の山合いに木々を透かして素晴らしい景色が望める。
讃えるは、
原全教の記述を引用する。
「果然行手には高調された景色が展開される。
中央に大ギギが太い根から鋭い尖頭を天に突き立て、
左には稍小さい小ギギが倒れかかるやうに屹立してゐる。
また右には東獄と云はれる一頭が大ギギよりはやゝ穏やかに竝んでゐる。」

高い大ギギには朝日が射して輝いているが此処谿底は深く陽の当る気配は無い。
此の荘厳で幻想的な風景に魅入るばかりであった。

見上げれば大ギギに小ギギの突峰

ギギの沢出合い下の谿を塞ぐ大石の自然堰堤
右岸の杣道を行けば、
枯れ沢を一つ渡ると又もや大石の累々と高く積み重なった処に出る。
まるで自然の造った大堰堤の様である。
登り越えると、大ギギに源を発して流れ来たギギの沢であった。
キギノ沢は大岩を押し出した上に中滝を二つ架けて流れ入る。
尾ノ内本谿とギギの沢の出合い上には古い石積みが在る。
気持ちの良い小平地だ。
今日は、ギギの沢も少しだけ覗いてみるつもりだ。

ここらが凡その中間地であろう。
時計を見ると九時四十五分であった。
吊り橋から一時間半を要したことになる。
小休憩とすることにした。
赤飯握りを一個食べ、テルモスの熱い珈琲を飲んだ。
さて、“立ち入ってはならぬギギノ沢をほんの少しだけ覗いてみようか…”
立ち入り禁止の看板を横目で見ながら、
大岩で造られた六米程の滝を滝下で右岸に渡り上る。
滝上も大岩に大石を転がした急斜のゴーロであった。
しかも、前方に同じ様な六米程の滝が見える。
右岸は岩壁が迫っているので左岸のガレた急斜を滑り落ちぬように巻き上った。
滝上は、いよいよと大岩が転がり足元がなんとも危うい。
尚も行けば左岸も岩壁が立ってきて両岸が岩壁の狭間の様相を呈してくる。
岩壁の迫った中を遡れば、十米程の滝が谷間をいっぱいにして立ちはだかっている。
見上げるも“うう〜む、これは我の足腰と技量では登り上ることは先ず出来まい…”
此の滝上にも滝場が連なっているようだ。
沢屋さんなら嬉々として取り付くのかもしれぬが、私は此処で退散だ。
立ち入り禁止の看板の処に戻ってきた。
“立ち入り禁止のお達しがあるからナ…、規則を遵守する者故に従うことにしようかい…”
こじつけて納得することにした。
時刻は、午前十時三十分であった。

ギギの沢の出合いに在る立ち入り禁止の立て札

岩壁下の金採掘穴近くの本谿
尾ノ内本谿を遡ることにする。
杣道は谿の右岸に続いていて良く踏まれている。
道から外れて谿へ降りると、随分と水量は減った。
それでも大石の転がる谿相は素晴らしい。
“今の時期は岩魚達が何処かで産卵を…”
と澱みをソット覗くのだが、其の姿は見えない。
両岸の岩壁が立ち迫って狭間となってくると轟々と瀑声が響いてくる。
二段に構えた十米程の美事な滝が行く手に立ち塞がっている。
“此れはとても登り上ることは出来ないナ…”
右岸の杣道に登り上がって巻くことにした。
道は、其の滝の右岸の高い岩壁の途中を鎖に縋って抜けるようになっている。
真下が滝で三十米程はあろうか高度感がある。
おまけに足場が実に心もとない、岩壁に少しだけ窪んだ足掛りがあるだけだ。
チョット足を滑らせれば、綱にぶる下がった宙吊り状態になってしまう。
下を見ぬようにして鎖をシッカリ?んで手繰りながら抜けた。
通り抜けると斜面に炭焼き跡の石積みが在った。
杣道は谿に降り近づき左岸へと移り、また右岸へ移り直ぐに左岸へ渡り返す。

左岸から水流の無いガレ沢を入れると、右岸は高い岩壁が屹立してきた。
原全教の記述によれば、此の岩壁の下に古い横穴が穿って在ってある。
何でも、明治の初期に山師が手掘りで掘った鉱抗の跡なのだそうだ。
金鉱脈に堀り中ることを夢みて堀り進んだが、遂に財が果てて止めたとのだそうだ。

フト見上げると前方に素麺を流したような瀑が立ちはだかっていた。
油滝であった。
滝音瀑声は無く、全く気の付くことは無かった。それ程に静かな滝であった。
故に油滝と云う、それでも滝壷は蒼彩として深い。
古から「滝壺に物を投げ入れると暗雲が湧き立ち豪雨を呼ぶ」との言い伝えがある。

晩秋の人っ子独りと出逢うことの無い尾ノ内沢、
音も無く水を落す油滝、木の葉の落ちた山々とともにうら寂しく趣のあるものであった。

さて、今日はもう少しだけ足を延ばして此の先の龍頭ノ滝を観に行くことにしょう。

                               
平成19年 初冬.

音も無く水の落す油滝

逍遥 時間
     駐車場の東屋〜ギギの沢出合い=1時間45分      ギギの沢出合い〜油滝=1時間
帰途 時間     油滝〜駐車場の東屋=2時間



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