漂泊の記 大久保谷の奥の廃小屋へ


浦山川水系 大久保谷廃小屋


 其の廃小屋は浦山川の大支流、大久保谷の奥に在る。
大久保谷は遡行に苦しい、幾つもの通ラズがあって難儀する。

谷の左岸に沿う杣道を一時間半ほども歩いたら其処に着いた。
本当は、其の先の鎌倉ノ滝へ行きたかったのだが、
此処から先の途中が大崩落していて行き着かなかったのだった。
十年程の前には、木桟橋は朽ちていたけれども何とか辿れたのに。
 まぁ いい・・・。

私は、奥地の廃小屋を覗くのが好きだ。
古への杣達の息づかいが感じられ気がするからだ。

それと・・・。
以前に、某廃小屋を徘徊したとき、
十代の頃の「由美かおる」さんのショートパンツ姿の「ムヒ」の
ホーロー看板を拾いあてたことがあるからだ。 
お宝だ・・・。

其の廃小屋は、もう崩れかかっていた。
いつものように、無印の青い一升瓶が沢山転がっていた。
ウロウロと、探して回ったが、お宝は見つからなかった。
小屋の前には、
其の頃に小屋に棲んだ人が慰みに植えたのであろうか。
黄色い水仙の花が沢山に咲いていた。

此処に居た人達は皆が去ってしまったのだけれど
毎年、この時期になると花を咲かせるのであろう。
 そして・・・。

小屋の前には、美しい細い谿がお定まりのように流れていた。
此の細流は、市兵衛沢の名だそうだ。
古には市兵衛という人が棲んでいたのだろうか。

沢の下流の対岸は小平地となっていて幾つかの小屋跡が在る。
此処の小平地の辺りを「桃の木平」と呼ぶのだそうだ。

其の流れの溜まりには、小さな岩魚達が遊んでいた。
毛鉤を落してみると、何の躊躇もなく飛びついて咥えた。
余程に腹を空かしているのだろう。
幼紋が残っているのだか、鰭筋を見れば二年児だ。
餌が乏しくて育ちが悪いのだろうか、哀れだ。

小屋は、もう直ぐに倒壊してしまいそうだ。
今度に来た時には、もう立っていないのかもしれない・・・。

また何時かの日、水仙の花と大きくなれない岩魚達の顔を観に来よう。
 帰り途、林道を整備作業していた親爺さんに
『鎌倉ノ滝で、幽霊に取り憑かれんなよ・・・』 と云われた。
何か、そんな噂があるのでしょうか。
それとも、「谷を荒らすなよ」 って謎掛けだったんでしょうか、ねえ・・・。

                                                     平成16年(2004) 初夏.
逍遥時間       林道入り口〜奥の廃小屋=1時間半
帰途時間       奥の廃小屋〜林道入り口=1時間

(追 記)







久しぶりに訪れたところ、奥の廃小屋は倒壊していた。

想い出の場所が一つ一つと刻の過去へと去ってゆく。
「形在るものは何時かは壊れ自然に帰る。」

道理なのだが、やはり侘しい。








                   
平成22年(2010) 初秋.


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