爺 漂泊の記 滝川の森林軌道途を歩く
滝川 水系 滝川の森林軌道途を歩く
森林軌道途は釣り人の道
昭和の初中期にトロッコで木材を運んだ軌道途
今は、釣り人達が滝川の岩魚や山女魚と遊ぶ為に通う道。
私が釣りを始めた頃は国道は入川との出合いの川又までであった。 “大支流の豆焼沢との出合い奥に二尺の岩魚が潜む”と聞いて勇躍して此の途を三時間程もテクテクと歩き上流へ向かったものだった。 使われなくなって久しい軌道途は途中何箇所も崩落していた。行くに窮しては川に降り、そして次には小尾根を越えた。 しかし今は様変わりをした、遂に国道140号は伸びに延びてトンネルを穿って甲州へまでも抜けてしまった。 静かな峡谷に、谿の瀑声がざわめいて恐ろしくもあったのだが・・・、今は鬱陶しいトラックが急坂登りに喘ぐ音が聞こえてくる。 長年の国道工事の為に、ガレは谿に流入して深淵も滝壷も底上げしてしまった、渓魚達の嘆きと悲鳴が聞こえてくるようだ。 でも、少しづつ本来の自然を取り戻している、その壮大な自然の治癒力を信じたい。 |
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国道横「カモシカ保護区」看板のある久殿ノ沢対岸の降り口 |
此処は滝川の下流です。 まだ奥秩父で釣りを始めて間もない頃(昭和50年頃)、上流の秘境へと 向かう為に辿った此の森林軌道途をゆつくりと歩いてみることに致します。 入川との出合いの少し上、「カモシカ保護区」の立て札の横に踏み跡が 降りています。 ほんの5分も急斜面の踏み跡を降ると森林軌道途へ着きました。 |
森林軌道途は、ちょうど国道と滝川の流れの中間に位置しています。 この辺りの軌道途は昔とあまり変わっていません、処々に朽ちた枕木と 赤く錆びた鉄レールがあって昭和の頃が想い出されます。 下から聞こえてくる水の流れの音は心地よいのですが、上から時折に 聞こえてくるトラックの急坂に喘ぐエンジン音はいただけません。 谿も森林軌道もそのままなのに、時の流れは切なさを感じてしまいす。 軌道途は入川との出合いに繋がっているはず・・・と、下ってみれば。 途は不明瞭になつてきて遂には消えてしまいます、国道に寸断されて しまったのです。 |
久殿ノ沢の出合い上付近の森林軌道途 |
水位監視塔 |
元来た途を少し戻ると、谿へ降りる明瞭な踏み跡が刻まれています。 降りてみれば、水位監視塔への作業道でした。 この辺りの滝川は大石の点在する荒瀬のゴーロで深みのエゴには歳無 しの岩魚も棲む処です。 軌道途へ戻って少し上に歩くと、直ぐにまた谿へ降りる途があります。 この途は、対岸の久殿ノ沢へと向かう途です。 久殿ノ沢は、岩魚達のみの棲む谿で中流域は苔生した美しい谿です。 竿を持ってきていれば、棲む魚達をからかつてもみたいのですが、今日 はこの軌道途を散策することに致しましょう。 |
久殿ノ沢への降り口を過ぎると、軌道途は随分と荒れてきました。 国道工事の影響でしょう、ザレ場が続いて軌道途は寸断されてしまい ます。 殆んど踏み跡もありません、この途を歩く釣り人達もここは敬遠するの でしょう、ザレガレに足元を滑らせながらの神経を使う道行です。 やっとザレ場を踏み越えると、軌道途は復活して平らに上流へと続き ます、此処に国道筋の“さざれ尾根橋”からの踏み跡がきています。 直ぐに軌道途はまたもザレ場へと突入です、が越えれば直ぐに途は 復活してきました。 滝川対岸の原生の栂の大木が見事です。 鼻歌まじりで心地よい途を歩けば、なにやら軒下のような処です。 昔日の杣達が手掘りで岩盤をくり貫いたのでしょう、五間ほどの岩の 庇は、その労苦が偲ばれます。 軌道途に沢山のすみれ色の小さな花が咲いています、植物に疎い 我には、その花の名は判りません。 |
岩庇しの場 |
対岸へ渡る、みどり色の鉄骨橋 |
小さなすみれ色の花を踏まぬように昼飯を喰うことにします。 サーモスの珈琲は、まだ熱いですし好物の寿司は丹念に遮温箱に入れ て持ってきました。 此処は、国道の騒音も聞こえてきませんし心地よい処です。 さて・・・。 軌道途を行くと、護岸されて興ざめのする処にでます、遥か上方に国道 のガードレールが見えます。 護岸された場所を過ぎると、軌道途は散策路のように立派に整備されて います。 国道筋からの降路があつて谿への降路と交わっています。 谿へ降りると“みどり色”の立派な吊り橋が架かっています。 下の流れは荒瀬で、そっと覗けば良型の山女魚の遊泳が見えます。 ジャブジャブと脅さなければ、こんなにも沢山に遊んでいるのですね。 |
軌道途を行きましょう。 遥か上の国道筋は滝川峡トンネルの辺りでしょう、下の谿はいよいよと この下流域での核心部の“ミグロの通ラズ”です。 彼の原全教もこの場所をその昔に遡った時の難儀さが著書「奥秩父」 に“両岸の岩壁は屹立し、狭められた流れは暗澹として深淵を成す” 綴られています。 時の流れによってガレが流入しての底上げしたとは云え、今も尚まだ “通ラズ”として釣り人の行く手を阻みます。 我は、何時の日かに此処を独り泳いで抜けてやろうと思っています。 一度試みたのですが、さて水に浸かろうかと降りた時、膝を擦りむい てしまい断念いたしました、また次の挑戦を図っているのです。 |
下流域の核心部“ミグロの通ラズ” |
滑沢を跨ぐ小橋 |
“ミグロの通ラズ”の上部に滑沢が瀑を架けて水を落しています。 その滑沢を跨ぐ森林軌道途で立派な小橋が架かっています。 |
核心部の“ミグロの通ラズ”を過ぎ行くと暫くで、谿へ降り行く踏み跡 があります。 降りると対岸へ渡る吊り橋が架かっています、この途を渡り行くと中流 の支谿の曲沢へそして更に金山沢へと向かっています。 概して滝川の下流は瀬ですが、特にこの辺りは瀬が続きます。 谿巾も広く山女魚も棲むのですが、源流派の我は釣趣の湧かない谿 相です、いかんせん九尺のテンカラ竿では谿の中程までもとどきませ んし、水に入れば魚達に“頭隠して尻隠さず、馬鹿な釣り師ょ”と笑わ れましょう程に。 |
滝川本谷右岸への吊り橋 |
高滝上の峡間の瀞場 |
ささ、先を急ぎましょう。 対岸へ向う吊り橋への降り口を行くと軌道途に踏み跡が横切ています。 右手の斜面を登ると、国道筋の岩鏡橋の袂へ出られます。 左手の急斜面を降りると高滝の上に降り立ちます。高滝は五メートル程 の落差の瀑ですが一枚岩で縋る術のない難所です、残置ロープがある のですが難しい、宙ぶらりんになってもしまいます。 その高滝上が両岸迫った深い瀞場になっているのです。 ただ、此処に降り立つには三メートル程もザイルでずり下がるのですが。 降りた処は、とても狭い場所ですが桃源郷の心地が致します。 |
そろそろ軌道途の終点です。 滝川の流れが近くなってきて下方へ降りる途の分岐です。 急斜面を張られたロープに縋っておりると、豆焼沢との出合いです。 豆焼沢は小滝を構えて出合い、滝川本谷は荒瀬で更に更に奥へと 向かいます。 本来はこの森林軌道途は更に伸びていて豆焼沢を渡り八丁峠への 杣道につながっているのです。 が、これ以上は進めません、この先で大崩落していて途は抉れ落ち て寸断されているのですから。 谿を渡り返してその先へ行くのなら別ですが・・・。 此処で終わりと致します。 これから国道へ上がって帰るのが辛いのです。 何故って…通る車の人がテクテク歩く我を奇異の目で見るのですよ。 平成17年(2005) 初夏. |
豆焼沢との出合い |
逍遥時間 久殿ノ沢の出合い下流の軌道の始まり〜豆焼沢との出合い= 5時間 (注)但し、軌道から降りて滝川の流れを眺めながらの時間。直なれば3 時間ほどではなかろうか、だが如何にもそれは味気ない。 |
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追 記 近年、いよいよと軌道途は整備されたそうだ。 軌道レールも次々と取り除かれ、崩落の場には道が開かれてハイキングコースの様だと聞く。国道筋から投げすてられたゴミも酷いそうだ。 神経を使い難儀をしながら軌道レールを跨ぎ跨ぎして二尺の岩魚を夢見て奥域を目指して歩んだ途はもうない。 そうなると辿る気持ちが失せてしまうのは、天邪鬼と云うものだろうか・・・。 平成19年(2007) 初秋. |