てんから庵閑話 金採り行…其の一、


金採行・・・其一話  中津川水系 小神流川


 妙にして質素にみえもするが、考え練られた巧妙な仕掛けこそ
公表したくなかった金採りの仕掛けである。

 奥秩父に中津川がある。
その一大支流に神流川がある。
神流川の上流の一帯は、金鉱脈が潜んでいると古へから知られている。
古今、古へから山師が一攫千金を夢みて徘徊したのだそうだ。
その神流川に逆巻ノ滝と呼ばれる瀑がある。
周囲は屹立した岩峰で落差はそれ程ないのだが、その滝壷は深い深い淵を成している。
その深い深い淵の底には「金」が沈んで在るらしいのだ、古への昔から語り継がれている。
『金鉱脈から流れでた金が比重が重いので、淵底に溜まっているのだ』
『いやいや、平賀源内は金堀りに失敗したのでなく、幕府に納めるのが嫌であそこに延べ棒にして隠したのだ』
その噂話は時を超えて姦しい。
私は、砂金が・・・の説が正しい、と思っている。
此処の淵は、ばかに明るい空色をしている。
普通、深い淵は青暗い、妙に明るいのは底の金が光を放っているに違いない。

 さて・・・。
深い深い淵底に溜まっている金を採るには如何すればよいのか…、深く考えた。
泳ぎ潜れば、水の冷たさで心臓麻痺を起こすに違いない。
なくとも、渦巻く流れに巻き込まれて溺れ死ぬに違いない。
而して私は、この巧妙で実に理に適った金採り仕掛けを考えついたのである。

 費用はいたって安くあがった。
台所に転がっていたインスタントコーヒーの空き瓶に二十メートル程のビニール紐を括り付けたのだ。

 かなり期待できる仕掛けと我ながら思う。
我ながら己のその能力に魂消もし、感嘆してしまった。
物事や道具は簡素なものほど良い。
これを持って、あの淵尻の大岩に登り、滝壺目がけて“エイ!”とばかりに放り込むのだ。
そして、淵底に着いたのを確認してからそろそろと手繰り寄せるのだ。
すると、コーヒーの瓶の中にには、淵底にあった砂金が入っているのだ。
もしも、金の延べ棒だつたとしても、ビニール紐に絡まって引き上がってくるに違いない。

 サァ、この簡単そうに見えるが実に考えられた仕掛けを持って・・・。
私はこの赤貧の生活から抜け出て、長者への途を踏みださなければならない。
あかつきには。
竹製のテンカラ竿を注文することにしよう。
そして、ベンツの四駆車を駆って、奥秩父の雲取林道を走ることにしよう。

 夢が現実になる日は、もう…間もない。

                                平成18年(2006) 夏.

               つづき其の二話を見る



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