てんから庵閑話 金採り行…其のニ、


金採行・・・其ニ話  中津川水系 神流川


 彼岸の初めの頃。
日差しの少し柔らかくなったよく晴れた日、
俺は、金採り用の仕掛けを持って勇んで中津川の逆巻ノ瀑へと向った、
いよいよ、明日から誰から指示も命令も受けない優雅な生活が始まることを確信し予見できた、
我が薄い胸は喜びに振るえて、その笑って過ごせるだろう幸せの日々を想い、
十五年前の型式の四駆車のアクセルを踏む足も軽やかでスピードも知らずのうちに増していた、
気がつけば、懐かしいユーミンの歌さえも知らずのうちに鼻をついてでていたのだった。

 舗装されて快適に過ぎてしまった中津川に沿う林道を、白泰山の雄姿をを眺めながら走った。
だんだんと山間が狭まってくると神流川の出合いに着いた。
此処から道を分岐して金山志賀坂林道を登る。
此の林道は神流川に沿って両岸が高い岩峰で曲がりくねって狭い、
おまけに砕石を積んだトラックが道いっぱいにゴウゴウと走り通るから注意しなければならない。

 手掘りのトンネルを三つ程も潜り抜けて駐車できる少しの広場に着いた。
地下足袋を履いて、例の金採り仕掛けをザックに入れて、今に上って来た林道を戻ろう。
下から自動車が登って来た、中年のご夫婦が乗っている。
『オジサン 釣りですか? 何が釣れるんですか?』と運転していた男が問う、
『山女魚に岩魚だね』と答えた。
『あの崖の下へ降りるんですか凄いなぁ、鱒は居ないんですか?』と更に聞く、
『鱒? 鱒は居ないよ・・・』
まだ何か云いたそうだったが、
後ろからトラックが登ってきて追い立てられるように去って行った。

 トンネルを二つ戻り潜って、谿への降り口に着いた。
此処を降りると「金」の沈む逆巻ノ滝の直ぐの下流へ降りられるのだ、。
山イチゴの木のトゲに“チクショウ チクショウ”と刺されながら崖を降りた。
やっとのことで荒瀬の河原に降り着くと、
なんと釣り人が二人居て此方を見ている。
ばかに粋な格好をしていて、フライマンだと知れた。
赤いチョッキの男が『これから入るんですか?』と云う、
『あぁ・・・』と答えると、
『此処のすぐ上は抜けられませんょ、それに僕達が騒がせてしまつたから駄目でしょう』と云う。
余計なお世話だ、俺は釣りは釣りでも金釣りだ。
でも、それを悟られてはいけない。
『ところで釣れたのかい?』と聞くと、
『駄目でした、山女魚が居るんですがスレているのか喰ってきません』と云う。
そりゃそうだ “そんな派手な赤や黄色のチョッキを着ていたんじゃ魚共は隠れてしまう…”
思ったが、云わないことにした。
二人のフライマンは、あの山イチゴの棘の途を登って行った。

 赤と黄色の二つのチョッキは途に登り上がったらしく遂に見えなくなった。
“さて行こうか…”足どりは軽かった。
流れがグイと左に曲がると、両岸の岩壁が迫って谿は狭まった狭間となった、
すると奥から「ゴウ ゴウ」と物凄い瀑声が轟いて逆巻ノ滝が見えた。

瀑は明るく光り輝いていた。
あの右手の大岩に上って、金採り仕掛けでもって「金」を釣り獲るのだ。
“あそこへ行って・・・、あそこでナニして・・・、俺の人生は変わる、夢のような日々が訪れるのだ”
思うだに、喜びの予感にうち震えるのだった。

      つづき其の三話を見る
                                平成18年(2006) 初秋.



戻 る

inserted by FC2 system